関西阪急沿線神社仏閣巡りblog

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アスリートも参拝! 足の神様・服部天神宮と豊中えびす神社、初酉稲荷社に行ってきた

阪急電鉄宝塚線には多くの神社仏閣がありますが、足の神様として有名で、全国からアスリートたちが参拝に訪れる服部天神宮もそのひとつ。

京都から太宰府に追いやられた菅原道真公が立ち寄り、ここで足の病気を治したと言われています。

また、服部天神宮の境内には豊中えびす神社もあり、えびす祭りは毎年かなりの盛況ですよ。

今回は、服部天神宮と境内にある豊中えびす神社の訪問記録です!

*服部天神宮の基本情報

こちらは裏門です。

まずは、基本情報からです。

・祭神:小彦名命 菅原道真 蛭子大神

社格:旧村社

・創建:允恭天皇の御世(412年 - 453年)

・住所:大阪府豊中市服部元町1-2-17

・アクセス:阪急宝塚線服部天神駅」徒歩2分

・参拝時間:4~9月は06:00~19:00 / 10~3月は06:00~18:00

・休業日:なし

・駐車場:有り 境内に駐車可能(ただしお祭り時には駐車禁止)

・公式サイト:https://hattoritenjingu.or.jp/

 

 

・服部天神宮のお祭り

服部天神宮で行われる、年間の主なお祭りです。

 

【1月】

豊中えびす祭り:1月9日~11日

・とんど焼き(お焚き上げ):1月15日

 

【5月】

・くつ祭り:5月2日と3日 / さまざまな靴のメーカーによる靴の販売や、履かなくなった靴のお祓いなど。

 

【6月】

・大祓式:6月30日 / 茅の輪くぐり

 

【9月】

・服部 足祭り:9月下旬から10月上旬 / 足に感謝し、足を学び、足の健康を祈るお祭り

 

*服部天神宮と豊中えびす神社の歴史

では、簡単に2つの神社の歴史を紹介します。

 

・服部天神宮の歴史

服部天神宮の鎮座についてははっきりとはわかっていません。

しかし、允恭天皇の御世(412年 - 453年)だったとされています。

地名である「服部」は、朝鮮から来て日本に機織りの技術を教えた人々が「秦氏(はたうじ)」の姓氏をもらい、その子孫がこの地に多く住んだことからできた名前です。

秦氏の人々が住む場所という意味の「機織部(はたおりべ)」から成り立ったとされていますよ。

その秦氏の人々は言わば外国人であり、彼らが崇拝していたのが外来神の「医薬の祖神・少彦名命スクナヒコナノミコト)でした。

そのため、服部神社は服部の地で古くからおまつりされていたそうです。

後年、讒訴(ざんそ)にあった右大臣の菅原道真公は、九州の大宰府に左遷されることになりました。

京都から太宰府へ向かう途中、持病の脚気に悩まされ、服部の地で足がむくんで一歩も歩けなくなってしまいます。

そのとき、村人のすすめで医薬の祖神である「少彦名命」を祀る路傍の小祠(しょうし)に詣で、一心にその平癒を祈願しました。

すると不思議なことに、足の痛みやむくみが改善。

再び健康を取り戻し、無事に大宰府へ行けたそうです。

菅原道真公の没後、路傍の小祠だった服部神社に菅原道真公の霊を合祀して「服部天神宮」として堂宇を建立しました。

 

豊中えびす神社の歴史

豊中えびす神社は、昭和25年の秋に服部天神宮の境内に移築されました。

元々は、宝塚線の花屋敷に住んでいた、サントリー創始者である鳥井信治郎氏の邸内社「繁盛稲荷社」でした。

しかし服部天神の当時の宮司であった加藤氏はそちらも祭典を奉仕していた縁があり、繁盛稲荷社の建替えを機に旧社殿を譲りうけたそうです。

服部天神宮は「足の神様」として全国に広く知られていましたが、お金も「おあし」と呼ぶことから通ずるとして、昭和25年の12月に西宮神社の御分霊を勧請し「服部えびす神社」を境内内に創祀しました。

平成15年に社名を「豊中えびす神社」へ改称しています。

 

*服部天神宮の境内紹介

では、お参りしましょう!

阪急服部天神駅を出てすぐ、徒歩2分のところに神社があります。

梅田方面行のホームには、なんとご神木の楠があります。

これは、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道が服部天神の敷地内に開設されたため、境内にあったご神木がそのまま駅内に残されているそうです。

昔は服部天神宮の敷地は広かったんですね~。

東口を出てすぐに、こんな案内がありました。

正直なところ、駅からは服部天神の裏側入口の方が近いので、看板の通りに歩くと裏口へ辿り着いてしまうかたの方が多いような気がします……。

こちらは表の入り口ですね。

ドーン、と「足の神様」って書いてありました°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

門をくぐると、参道があります。

そしてもう一本細い道を超えると、このような景色です。

鳥居前で神様にお辞儀をしましょう。

いざ境内に足を踏み入れると、そこにはガツンと巨大な草履が!

すごいですよね、巨大ですよ、これ。

作ったかたがすんばらしいな!

前には本殿、そこに草履で作った風鈴?のようなもので花道が作られていました。

草履回廊と書いてありますね。

短冊にはお願いごとが書いてあるものもありました。

シャラリシャラリと揺れてきれいでした。

では、手水舎で清めて、順番にいきましょう。

 

・ご本殿

ご本殿は文政10年(1827年)に、崇敬者の浄財寄進によって造営されました。

仏教的な色彩が多いという特徴があります。

お祀りされているのは少彦名命菅原道真公ですね。

ご本殿の中。サッカーのユニフォームが飾ってありました。

サッカー選手の絵馬を発見!

足の神様として有名な服部天神宮には、アスリートたちが多く参拝に来るそうです。

サッカー選手や野球選手、陸上競技の方々などですね。

あと、私は知らなかったのですが、羽生結弦選手のファンが大勢こちらにお参りにきていたそうですよ。

勝利祈願やケガをしないようにというお祈りですね。

 

豊中えびす神社

ご神木の隣には豊中えびす神社がありました。

中はこんな感じです。

出演:母

こちらがサントリー創始者である鳥井氏のお屋敷の中にあった「繫盛稲荷社」の御神殿ですね。

すごいですよね……個人の家に稲荷社があるって(;'∀')

1950年に譲り受け、翌年の1951年には西宮神社より御分霊を勧請し、1回目の服部えびす祭りを斎行しています。

現在は35万人の参拝者が訪れる「大阪のえべっさん」として知られていますよ。

由来が書かれていました。

暑い日に行きましたが、ここは風が吹き通り、とても気持ちよかったです。

商売繫盛を祈願してきました。

 

・初酉稲荷社

本殿の右側手前にあります。

初酉稲荷社は、人の生活に欠かせない「衣食住」の守護神・宇迦之御魂神を祀っています。

1975年にご社殿の造営が行われ、伏見稲荷大社より十二支稲荷の御神霊を勧請しました。

中央のお社には酉、その他の十一支はぐるりと周りを囲んでいます。

自分の干支と裏干支をお参りすることで運が開かれますよ。

私は参拝時にそれを知らず、自分の干支である酉のみ参拝してしまいました……(´;ω;`)

しまった。

出演:父

参拝される際にはぜひ、裏干支も忘れずに参拝してください。

 

・草履堂

とても大きな草履にびっくりしました。

草履堂には、足の病が治癒したお礼のあかしとして、たくさんの草履が奉納されている場所です。

鉄製のもの、わらのものといろいろありましたよ。

古いものは江戸時代のものだそうです。

草履堂の横側はギャラリーのようになっていました。

 

菅原道真公の像

思ったより大きく、なかなか険しい表情でした。

道真公の像ですね。

膝のところが光っているのは、ご利益を求めて参拝客が撫でるからだそうです。

 

・足踏み石祈願台座

ここで靴を脱ぎ、石の台座に座るように前に立ち、本殿に向かって「二礼二拍手一礼」の作法で参礼しましょう。

その後に台座に座り、心を整えてお願いごとを祈ると叶うと言われています。

 

・絵馬を書く場所

草履のタイプと一般的なタイプがありました。

足の痛みを取ってくださいといった切実なものもやはり多かったですね。

足の神様ですものね。

あとは学業成就、商売繫盛などでした。

 

菅原道真公の絵物語

裏へ行くと、菅原道真公の物語が絵と文章で説明されていました。

わかりやすいですね~。

特に、昔は路傍の小祠だったところのイメージが理解できました。



 

・境内にあったえびす様と裏入口

石像のえびす様がいました。

そしてこちらが、駅から徒歩1分の裏口。

ここから入って表入口から出る人もたくさんいたようです。

門前にあった説明板

 

*足の神様をお参りしよう!

服部天神宮は足の神様として有名な神社です。

実は、私の姪のひとりが生まれつき股関節のあたりに問題があって、長年医者にも通い、リハビリもしていました。

義兄はこちらの神社にも参拝し、娘の足の治癒を祈願していました。

そして姪は無事に治癒!

大きな手術もせずに済み、親族みんなでホッとしたのを覚えています。

今回初めてちゃんと参拝し、そのお礼もできたので良かったです!

(そして現在私の左膝にある長い間治らない傷についても、お願いしてきました)

ぜひ服部天神宮に行ってみてください。

明るい色に溢れた、パワーをいただける神社ですよ。